人類が絶滅する連載小説『サマル』(11)
サマルはライフルをおろすと、ほんの少し開けていた窓を閉めてから、漆黒のカーテンを引いた。
サマルはライフルをゴミ袋の間に投げ入れた後、ゴミ袋の上に腰をおろして、僕を見つめた。
「ありがとう、辞めてくれて」
サマルは黙っていた。何を撃とうとしていたのか、僕に教えたくないようだった。
マーラーの交響曲が、高速で盛り上がり始めた。木管がふざけて戯れる音を出していた。
「久しぶりだね。このゴミ袋、どうしたの?」
「拾って集めたの。ま、調査の一環ね」
「人類活動のサンプル収集か」
サマルに話しかけようとすると、露出した肌に目がいった。僕は興奮していたが、性的興奮状態にあることをサマルにさとられたくなかった。
「本棚と蔵書はどこにいったの?」
「本棚は他の家具と一緒にリサイクルショップに出したし、本は近所の古本屋にまとめて売ったわ」
リサイクルショップがどこにあるのかはすぐ思いつかなかったが、古本屋は僕もよく利用していたので、すぐに場所が思い当たった。サマルの本棚の中には、興味深い学術書がたくさんおいてあったので、僕はフランチャイズのその古本屋に、今度の休日寄ってみようかと考えた。
「早速だけど、報告を再開してもらっていいかしら?」
サマルが笑顔を作って僕に話しかけた。その笑顔は営業職の人が商品を売りたい顧客の前でつくる、ビジネスライクな笑顔によく似ていた。
「いいよ。何を話そう」
本当なら、質問したいことが山ほどある。蔵書を何故全て売り払ったのか、このゴミ袋はどこから集めてきたのか、ライフルを何処で手に入れたのか、さっきは何を撃ち抜こうとしていたのか。
けれど、サマルは僕の質問に答えてくれそうになかった。僕はサマルから、報告者としての役割を与えられていただけだった。
「何でもいいから話してごらんなさい。あなたが考えたこと。本当になんでも自由に話していいのよ」
僕に質問する自由はないが、報告内容の自由は与えられていた。しかし、報告したところで、サマルはきっと僕の回答を批判してくるだろう。自由に答えてよいと言っていても、必ず批判してくるのだ。
僕は用意周到に答えようと思ったが、戦略を練らずに、正直に答えることを自分の信条にしたことを思い出した。
「君にも以前言ったことだけれど、僕は正直に答えると自分自身に誓っていた。君との報告の場だけに限ったことじゃない、人生の場面全てにおいて、僕は正直に答えることにした。けれど、その決意を僕はすっかり忘れていた。君は武器を持っている。まずいことでも言ったら、誰か殺されるかもしれない。それでまた下手な戦略を練ろうとしていた」
「愚かね」
サマルの辛らつな物言いは僕の上司のようだった。
もちろんオフィスにおけるビジネスの場では、愚かなどという主観的感情を述べるだけでは、上司として評価されない。何が愚かしくて、どうすれば愚かさが直るのか、こと細かに指摘できる者が、ビジネスの場では評価される。そうした営利活動全体が愚かしいかもしれないという、根本的問いかけは成されないが。
- [2008/07/02 23:18]
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書評:アジェンデ『精霊たちの家』
ガルシア・マルケスの『百年の孤独』は、フォークナーの手法のパクリと言われた。『精霊たちの家』は、『百年の孤独』のまんまパクリだと言われるが、ラテンアメリカ文学の傑作として名高い。『精霊たちの家』は『百年の孤独』同様、近代化の過程にあるラテンアメリカの、100年に渡る一族の暮らしが描かれる。
僕は『百年の孤独』より興味深く読めた。作者のイザベル・アジェンデが女性であるから、女性の視点が多い。アジェンデはしかも、CIAもからんだ軍事クーデターによって倒れた、チリのアジェンデ大統領の姪にあたる。前世紀末からクーデターが起きるまでのチリを描いたこの小説は、当然作者の特異な経験が織り込まれていると想像される。学生の頃この小説を読もうと努力したけれど、挫折していた。今はアジェンデ大統領とか、9月11日に始まったピノチェトによる独裁政権の存在を知るようになっていたから、最後まで読み通せた。
物語の中心に来る美女一族と結婚した男、エステバン・トゥルエバは政治家になり、チリ政界の中心で活躍する。当然エステバンは、アジェンデ大統領をモデルにしているのかと思いつつ読んでいたが、最後で彼は軍事クーデターで暗殺された大統領とは別人だとわかった。エステバンは共産主義が嫌いな保守主義者で、改革派を排除しようと奔走するのだが、いざクーデターが起きて、革新派の大統領が死に、軍事独裁政権が始まると、独裁のあまりの酷さに辟易する役目を負っている。
ヨーロッパの小説はヌーヴォーロマンとかポストモダン小説とかどんどん難解になり、読者を失っていったけれど、二十世紀ラテンアメリカの小説は、読みやすいし、精霊や化け物がたくさん出てくる。精霊たちと暮らす人々がヨーロッパ流の近代化に直面し、独裁政治や内戦に翻弄される。こうしたラテンアメリカ文学の面白さも、21世紀に突入した現在では過去のものだけれど、読まずにいるのはもったいない。
- [2008/06/30 23:53]
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納得できるまで磨くこと
先程文学界新人賞に原稿を応募してきた。今まで応募してきた原稿は、どうせ落ちるだろうと、諦めの感情を抱きながら応募していたけれど、今回は新人賞に最初に応募した時と同じくらい期待を持って応募できた。
今までは、書いてそのまま応募していた。もちろん推敲はするけれど、自分でも納得できない状態のまま応募していた。小説は生き物だからそれでいいかと思っていたけれど、今回はじめて、自分で納得できるまで、小説を作りなおした。作品をよくしようと思えば、いくらでもよい作品にすることができる。いろんな部分を手直しすることができる。納得いくまでの手直し作業。本来手直し作業には、終わりがないものだ。締め切りがくるから、しょうがなく応募する。それまでは必死に手直しし続ける。そうした作り方を、今回の応募ではじめてやってみた。まだまだできると思った。次の作品作りが楽しみだ。
今までは、オフィスワークの合間に小説を書いて、応募できた。オフィスワークを続けながらの執筆で全然いけると思っていた。しかし、今回の制作方法をとっていたら、どんなに時間があっても足りない。小説を書くために、たくさんの時間が欲しいとはじめて思った。オフィスワークの時間がもったいない。せっせと小説を書き続けたい。時間をかければかけるほど、すばらしい作品が仕上がるのだから。
それこそ今までは、素晴らしい作品を作るとか、よい作品を作ろうと努力することは馬鹿らしいと、ポストモダン的に思ってきた。けれど、マキューアンやアレナスやマルケスやサラマーゴなど、二十世紀、ポストモダン以降の小説家たちの作品を読んできて、素晴らしい作品を造る努力を放棄することは無意味だと思った。小説の意味伝達性を、マキューアンのように信じてみることにした。サラマーゴのような、すばらしい小説を書きたいと思った。
小説を書いていても、アクセスはあがらない。なぜか。僕の書く文章は、小説よりも、評論や批評の方が面白いのだろう。小説を書くのには手間と時間がかかる。小説を書いていても、アクセス数があがるようにするには、サラマーゴみたいな小説が書ければいいと思えた。そこまで道のりは遠いけれど、目指してみることにする。
- [2008/06/29 21:54]
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ハチミツとクローバー(8巻)

- ハチミツとクローバー (8)
- 羽海野 チカ
- 集英社 2005-08-19
- おすすめ平均

いまさらながら
★7個あげます
おやっさんGJ(笑)☆
感情移入しすぎて苦しい物語です
ちょっとだけ切なく、悲しい
by G-Tools , 2008/06/29
8巻表紙は犬のリーダーにはぐちゃんと山田さんがキス。このマンガは犬がよく人間に話しかけます。登場人物たちが深刻な話している横で、犬が満面の笑みを浮かべながら「難しい話は終わりましたか? 散歩に連れていってください」と言っている様子は、とても笑えます。
マンガのタイトルは、作者が敬愛するスピッツの「ハチミツ」とスガシカオの「クローバー」から取られたと、作者自身がはみ出しマンガの中で言っています。マンガの舞台となる美術大学は、スピッツのボーカル草野マサムネが通っていた武蔵野美大がモデルだし、登場人物の真山のビジュアルモデルは、スガシカオ。『ハチミツとクローバー』が映画化された際は、スピッツがオープニングテーマを歌い、スガシカオがエンディングテーマを作曲しました。創作者にとってこんな嬉しいことはないでしょう。
僕も『スピッツ』のファンだから、マンガの雰囲気が初期スピッツぽいとはずっと感じていました。そして、このマンガの影響で手付かずだったスガシカオのファンになりました。8巻で真山が「ガキの頃オレ何かの本で読んだんだけどさ、チャンスってのはどんな人間にも少なくとも3回は絶対訪れるんだって。で、大人になって思ったんだけどさ、イザそのチャンスが来た時にそれに「飛び込めるか」「飛び込めないか」って単純にお金の「ある」「なし」にかかってくるコトがほとんどの気がするんだよね」と言っています。夢を実現するためには貯金が重要という趣旨の発言を、真山のモデルであるスガシカオが、テレビ対談等で言っているのを何度か見た事がありました。
ま、その後に続く「それにさ、もし好きな女に何かあった時さ、「何も考えないでしばらく休め」って言えるくらいはなんかさ、持ってたいんだよね」っていう真山の台詞も臭くて格好よすぎ。これからしばらくスガシカオ聴き込みます。
- [2008/06/29 15:32]
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運転免許証更新手続きの様子
連載小説用にスケッチしたものです。実際は内容を小説用に変更して掲載することにしたので、第一稿をここに残しておきます。
日曜日東陽町の江東運転免許試験場まで免許更新に行った。当初は有給をとって新宿にある免許更新センターに行く予定だったが、オフィスワークが忙しくて、有給をとれなかった。日曜日に更新にいけるのは都内だと、府中と江東と品川にある運転免許試験場だけだった。他の試験場はどれも駅から遠かったり、バスの利用が推奨されていたため、中野からは遠かったが、東陽町という今まで行ったこともない街にある運転免許試験場に行くことにした。朝八時前に起きて、丸の内線に乗って、新宿三丁目まで向かう。新宿三丁目は地下鉄副都心線が開通して、やや近未来的なデザインになっていた。都営新宿線で新宿三丁目から九段下まで乗り継ぎ、九段下からは地下鉄東西線に乗り、東陽町に向かった。到着時刻は八時半過ぎだった。駅から外に出て、ファミレスやカフェが並ぶ大きな道路沿いの歩道を五分ほど歩き、運転免許試験場に到着した。
試験場に入ってすぐ、長蛇の列ができていた。試験場では運転免許試験と更新手続きを利用できる。平日来れない労働者の人たちが大量に詰め掛けているのだろう。僕も縦四列の末尾に並び、アイポッドで音楽を聴きながら、アニメ化、実写映画化、ドラマ化された少女マンガを読みつつ順番が来るのを待った。
僕は実家に帰った時しか車に乗らないペーパードライバーであるため、当然無事故無違反のゴールド免許保持者だった。区分優良で免許更新の手続きができる。五分近く並んでから始まった受付作業では、現免許証の記載住所から異動ないことが確認された。僕は渡された受付票に氏名など必要事項を記入して、手数料としての収入印紙を購入する別の短い列に並んだ。
優良区分の手数料3250円を支払った後、個人情報保護用の暗証番号を登録する端末機の列に並んだ。受付で渡された紙に書いておいた暗証番号八桁を端末に入力すると、ゴシック体で打ち出された暗証番号が、レシートのごとく印刷されて出てきた。
一番不安だったことは、視力検査に落ちてしまうことだった。試験に落第しないように、視力検査の列に並んでいる最中、遠くの看板を見たり、目の筋肉を動かしたりした。視力検査は三個の輪の、空いている部分を言い当てるだけですぐに終わった。実質十秒くらいの試験であり、免許更新のお知らせを受け取ってからというもの一ヶ月近く続いていた試験落第の恐怖は無事消え去ったのだった。
写真撮影の前に、現在の免許証にパンチで穴をあけられた。写真機の前で並んで待っていた時、前の女性が機械に写される様を見ていたが、肉眼で確認された女性の顔と、コンピューター画面に映し出された写真用の女性の顔は、別人のものだった。椅子に座ってかしこまっている彼女の顔は、僕の瞳に映る時、ごく普通にかわいらしいものだったが、コンピューターの液晶画面に映る彼女の顔は、何十倍も堅苦しくなっていた。撮影用のカメラに、人間が持っている美をはぎとる細工がしかけられているのではないかと思えたほどだった。プロの写真家が撮ったら彼女の運転免許証は、持ち前の魅力がさらに引き出された写真になっていただろうが、人間の管理を目的とした運転免許証には、本人の魅力が前面に出てくることなど必要なかったのだった。
写真撮影後、僕は誘導されるままエスカレーターで二階に上がり、優良者向けの三十分講習を受けた。僕が二階にたどりついた際には、すでに講習が始まっていたのだが、「始まったばかりなのであいている席に座ってください」と係の老人にすすめられた。
講習は白髪で定年間近といった感じの教官が行っていた。大学生の頃、自動車学校に通っていた際は、テレビはブラウン管の分厚いものであり、映像はビデオだったが、教室左奥には大画面の薄型液晶テレビがあり、講習ビデオはDVDの再生だった。
ビデオ上映が終わった後、5年前の前回免許更新時から今回の更新時までで、法律的に変わった点についての講義が成された。駐車の取り締まりが厳しくなったこと、交通違反の罰則が厳しくなったこと、老人に対するケアが十分になったことなど、どれもニュースで知っていたことだった。さらにちょうど今年の六月から施行されたこととして、運転免許の区分変更、後部座席のシートベルト着用義務化が話された。
運転免許の区分変更話は聞いていて、なんだか腑に落ちなかった。
今まで自動車免許と言えば、普通免許と大型免許しかなかったが、今年の六月から中型免許ができたという。確かに以前から、大型免許が必要だとしか思えないような貨物トラックの小さいものは 普通免許だけ持っていれば運転できた。そうした分類システムの不具合を解消するために、中型免許という枠が追加されるのは好ましいことだが、僕の新しい運転免許は「普通」から「中型車は中型車(8t)に限る」に変更された。
教官の説明によると、以前の普通運転免許は8tまで運転できていたが、新しい運転免許は5t未満しか運転できなくなったという。そこで以前の制度での普通免許保持者は、普通は普通でも、8tまでの中型車なら運転できるという区分になった。これは普通でも中型でも大型でもない、中型の中の8tまで限定という分類からはみ出した存在区分だった。以前の普通運転免許保持者は、新制度の枠内に分類されているが、しかし制度自体からは異物として例外的に扱われる存在となった。
ややこしいことこのうえないから、最初から四つに分類すれば整理されただろうにとも思うのだが、今後免許を取る人たちは普通、中型、大型の三つのうち、どれか一つに分類されるのだろうし、僕らが全員死ねばこうしたややこしい例外は消えてなくなるだろうから、官僚仕事的にはこういう制度運用でよいのだろうとも思えた。
制度改正についての矢継ぎ早の講義が続く中、僕はホワイトボードに書かれた交通事故の分析結果を眺めていた。今年度の交通事故による負傷者と死亡者の数が、全国と都内にわけて表示されていた。うち老人の被害者数も表示されていたし、全体の数字が減少していることも明示されていた。交通管理課はこうして交通事故の数を管理統制しているのだろうが、自動車の使用によって日本国内でも毎年大量の人が亡くなっているのは明白だった。
自動車を年に二日くらいしか運転していないのにゴールド免許でいるのは国家に対して不憫な気がしたが、ゴールド免許を持っていれば保険料が安くなるということは、運転すればするほど死亡のリスクが高まるという現実の裏返しだった。運転せず、死亡リスクの少ないペーパードライバーが、ゴールド免許を持っているのは、保険制度的に考えれば、妥当だと思えた。
講義終了後、僕は階段を使って四階に行き、新運転免許の発行を待った。講義受講者のうち、最初に四階にたどりついたのだが、僕の運転免許はまだ発行されておらず、ベンチに腰掛けて受付番号の順番が回ってくるのを待つことになった。
運転免許試験場で日曜日に働いている係の人たちは、全員カフカ的な公務員なのだろうかという疑問がわきあがってきた。新しい運転免許を、受付票に記載された番号と照合しながら配布している窓口の女性二名は、毎日毎日こうした書類と番号を整理する仕事に携わっているのだろうか。よく考えれば、オフィスワークのほとんどはそうした整理の仕事に費やされている。オフィスワークの本質は整理から生じる秩序の維持創出かもしれないが、ベンチに座って彼女らの仕事と、列に並ぶ人たちに整列を呼びかける老人の姿を見ていると、こうした労働は必要だろうが、価値を見出しにくいと思った。もちろん整理整頓に美しさを生み出そうと努力する事で、一見単純に思える仕事からも生きる喜びを生み出すことはできるだろうが、僕はここに秩序を見出すよりも、退屈さを見出していた。
受付票と引き換えに渡された運転免許証に映る僕の写真は、五年前の写真よりも肌の色が黒く、顔の輪郭は太くなっていた。写真機前で肉眼に写る人物と免許写真の人物の印象がまるで異なることを認識していたから、僕は写真映りの悪さにあまり落胆しないことにした。
発行された運転免許証を持って最後にやることは、ICチップに登録された本籍の内容に間違いがないか確認することだった。以前なら、運転免許の表面、現住所欄の上に本籍が記載されていたが、何故か新免許では、本籍のみがICチップ登録情報となって、表面から消えたのだった。偽造行為を防ぐためと講習時説明されていたが、ICチップのデータを一括して盗まれる危険の告知は不要なのだろうかと思えた。
ICチップ確認端末の上に新運転免許証をおくと、暗証番号の入力を求められた。一階で登録しておいた暗証番号八桁を入力したら入力ミスを指摘された。入力ミスが八回続くと、手続き不可になるという警告メッセージも出たため、暗証番号の用紙を見ながらもう一度入力したら、液晶画面上に運転免許証が表示された。本物の免許証の本籍欄は空白となっているが、画面上には僕の本籍が表示されていた。特に印刷するだけでもなく、画面上に並べられた本籍の文字を確認した後、僕は免許証を取り出して、財布のカード入れの中に入れた。パンチで穴を開けられた以前の免許証は、マンションに帰ってからはさみで切って捨てることにした。
運転免許試験場を出ると、十時十五分過ぎであり、雨が降り始めていた。無意味な手続きで休日の貴重な時間を無駄にするという考えが最初はあったが、いざ手続きを終えてみると、午後の時間はたっぷり残されているから、昼過ぎまで眠り続けるよりも、有意義な過ごし方ができたように思えた。
- [2008/06/29 00:07]
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