7代後の孫への話旧Blog【文学・哲学エッセイ・サブカルチャー評論】

旧Blogです。http://marcelproust.seesaa.net/に引越しています。

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Seesaaへの引越しのお知らせ 

2008年1月、長年使ってきたSeesaaが重くて使いずらかったので、FC2に引っ越しましたが、2009年5月、再びSeesaaに戻ることにしました。

戻り先のブログアドレスはこちらです。


7代後の孫への話Blog
http://marcelproust.seesaa.net/

FC2にもいろいろ問題があったので、昔の居場所に出戻りです。Seesaaに帰ってみたら、少し早くなっていました。

FC2で更新してきた記事は全部インポートしました。こちらのブログは今後更新しませんので、Seesaaの方を宜しくお願いします。
[ 2009/05/02 21:29 ] インフォメーション | TB(0) | コメント(-)

生き辛さの真の原因 

 世間ではメキシコ発の豚インフルエンザのニュースで賑わっている。成田空港で日本人初の豚インフルエンザ疑惑のある女性が見つかった。彼女は個人情報を保護されているから誰かは秘密にされているけれど、今、日本中の注目を浴びている。もちろんニュースを見ていない人もたくさんいるのだけれど、みんなの注目を浴びている彼女の心と体が休まるように、無力だけれど遠くから祈ろう。
 去年の秋と今年の一月に応募していた新人賞の結果がウェブ上で発表されていた。僕はまた落選した。応募総数二千、競争倍率二千分の一の狭き門では、人間的競争にならないからと、応募総数五百と百の新人賞に応募したけれど、結果は同じで落選だった。
 それほど落ち込みはない。もう落選は当たり前になっているから、ミレーやゴッホのように、競争の結果に心を執着させるのはやめにして、ただひたすら祈りながら、目の前に見えている世界を描いていこう。
 ロト6で一億円当たると聞けば、一度の抽選で自分に一億円転がりこんでくると思うほど、僕は確率と統計を知らない自信家だった。ロト6やナンバーズなどギャンブルで稼いでいる人は、何回も応募するうち、わずかな一回で賞金を手にしている。確率を考えれば、何度も応募する者が勝利する。一度落ちたくらいであきらめる人間は、確率を知らない人間だ。人生が、自分という株を売る投資活動だとすれば、自分は言葉を書いて、世界に訴えでようとしている。全て世界をギャンブルで理解することはとても哀しいことだけれど、自分は投資によって発達した世界で、言葉を書き続けている。
 昼飯は地下鉄の出口付近にできたパン屋さんでいつも食べている。パン屋さんには女性のお客さんがたくさんやってくる。昼休みには行列を作って、みんなパンを買って帰っていく。僕はレジ手前のソファに座ってカフェラテを飲みながら、女性客の行列を眺めている。みんな東京都内で働いている。学生もいるし、アルバイトの人もいる。派遣社員さんもいるだろう。
 こうしてパンを買っていく全ての女性たちが、幸せに包まれながら、仕事のできる世界になるよう願った。仕事の量に押しつぶされないように、会社の人間関係に悩まされないように、お客さんの応対に悩まされないように、幸せに、仕事に生きがいを感じられるように。生きていることに喜びが感じられるように。おいしいパンを買って、食べている時だけでなく、働き、眠り、友達や恋人と語り合う瞬間瞬間全てに幸せを感じることができるように。

 ずっと肩と腰が痛かった。腰痛持ちの人がゴルフをすると、腰痛が悪化すると聞いていたから、友人にすすめられて始めたゴルフのせいだと思っていた。あるいは、長時間オフィスで働き過ぎなせいだとも思っていた。
 昨日、ベッドの位置を変えてみた。今まではテレビとベッドが直角になっていた。ベッドで寝ながらテレビを見るには、首を少し起こして、左下に傾けないといけない。そうした姿勢は、体に悪いとわかっていたから、ベッドにいる最中は極力テレビを見ないようにしていた。それでも体が痛いから、ベッドをテレビの正面においた。寝そべっていれば、自然とテレビが目に入る。ベッドの位置を替えた途端にひどい腰痛が治った。今までは腰にごりごりした突起物の存在をずっと感じていたけれど、今は何も感じない。肩もぱんぱんに張っていたけれど、今はそれなりに楽だ。
 ゴルフのせいでも、ビジネスのせいでもなかった。ベッドの位置が悪かったのだ。世界で感じている生き辛さなんて、そんなものだ。自分が原因と思って、憎んでいるものは、生き辛さの本当の原因ではない。なんの怒りも恨みも感じていないことが、生き辛さの本当の原因となっている。
 全ての悩める人が、生き辛さの原因に気づけますように。怒りを向けている対象、恨みを感じている対象は、あなたを何も苦しめていない。あなたの苦しみの原因は、何気ない日常の中に潜んでいる。
 簡単に変えることができるのに、真の原因となるものに、何の不満も感じていないから、あなたは生き辛さを感じ続けることになる。何に怒る必要もない。誰を恨み、戦う必要もない。
 肩に力を入れる必要もない。気合を入れて、壁に向けて挑戦し続ける必要もない。ただ些細な日常を変えること。それだけで、生き辛さは軽くなる。
[ 2009/05/01 00:41 ] 小説「競争から協創へ」 | TB(0) | コメント(-)

書評:ピンチョン『ヴァインランド』 

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ヴァインランド
Thomas Pynchon 佐藤 良明
新潮社 1998-12
おすすめ平均 star
star「理解」≦「感じる」
star別の意味で評価が分かれる本

V. 1 新装版 (1) Slow Learner: Early Stories 競売ナンバー49の叫び V. 2 新装版 (2) 「集団主義」という錯覚―日本人論の思い違いとその由来

by G-Tools , 2009/04/30



わかりにくさという点では、20世紀トップクラスの前衛大作『重力の虹』を著して、20世紀後半最重要作家の一人となったトマス・ピンチョンが、『重力の虹』以来16年ぶりに書き上げた長編小説。1990年に発表されたこの長編第4作は、80年代アメリカのポップカルチャーを皮肉っている。80年代は、日本もアメリカも文化が軽くなり、メッセージ色、カウンターカルチャー色が薄くなった。ジョージ・ルーカス、スピルバーグ式のハリウッド映画大作が量産され、ヒットチャートはMTVの商業主義に独占され、小説もシドニィ・シェルダンとかいわゆるベストセラー作家がのさばった。

『ヴァインランド』の物語は、いつものピンチョンらしく、だらしなくてかっこ悪いアンチヒーローの中年、ゾイドの家で幕を開ける。ヒッピーカルチャーに浸かった青年時代が忘れられない時代遅れのゾイドは、一人娘のプレーリィと二人暮らし。プレーリィは行方知れずの母親フレネシを探して旅に出る。ピンチョンおなじみ、母親探しの「探求」物語を軸に、80年代アメリカのポップカルチャー用語が小説中に噴出する。さらには、病院施設から抜け出した麻薬捜査官が出るわ、ニッポンの武道家は出るわ、女忍者は出るわ、「北斗の拳」ばりのデス・タッチが出るわで、はちゃめちゃでごった煮な雰囲気は、タランティーノの『パルプ・フィクション』や『キル・ビル』に通じるものがある。

ピンチョンがこの小説で対決を挑んでいるのは、80年代のカルチャーだ。軽くなった文化に適応して、自分もヒットを狙うようでいて、その実牙を向く。反戦映画とか、公民権運動のドキュメンタリーを手製のカメラで撮影していたプレーリィの母、フレネシは警察に追われる身。歴史の混沌とした真実に迫ろうとするカウンターカルチャーでヒッピーな自主制作映画は、80年代、わかりやすいヒーローを描くハリウッド大作にとって代わられた。東洋に憧れたヒッピーのスピリチュアルな世界観は、ヨガ瞑想教室という当たり障りのないカルチャーセンター化した。オーウェルは『1984年』で管理社会の恐怖を描いたけれど、1984年のアメリカはレーガン政権で新自由主義政策邁進中。とりあえず小説中にレーガン政権はファシズムだ的な批判意見が続出している。メッセージはわかりやすいし、敵もわかりやすい。ああわかりやすいから、なんだか小説として面白くない。

『重力の虹』が書かれた1973年は、カウンターカルチャーの全盛期であり、何が敵かもはっきり書かれておらず、すべてがわかりにくく、混沌としていた。こんな難しくて長い小説読むの嫌だと思いながら読んでいたけれど、いざ『ヴァインランド』で構図がわかりやすくなると、意味不明な方が面白かったと思った。というわけで、『ヴァインランド』はあまり評価が高くない。ピンチョンはこの後、1997年にアメリカの暴力的な歴史をさんざん批判した『メイソン&ディクソン』を執筆する。『メイソン&ディクソン』は長らく翻訳されていなかったけれど、今年中に新潮社から柴田元幸訳で出るらしい。しかも『トマス・ピンチョン・コンプリート・コレクション』として、ピンチョンの小説が全て新訳で7冊出るらしい。やっぱりインターネットのせいで膨大な情報社会化した現代は、ピンチョンの混沌と牙を必要としている。
[ 2009/04/30 22:43 ] 書評(人文科学) | TB(0) | コメント(-)

ファイナルファンタジーVII アドベントチルドレン コンプリート(限定版:PS3版「ファイナルファンタジーXIII」体験版同梱) 

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ファイナルファンタジーVII アドベントチルドレン コンプリート(限定版:PS3版「ファイナルファンタジーXIII」体験版同梱) Blu-ray Disc
スクウェア・エニックス 2009-04-16
おすすめ平均 star
starFF7ACCは良かった…。
star実写と見まがう出来
starRENO様 LOVE♪(≧∀≦)♪
star体験版が・・・
star秀逸な完成度のACCと首を傾げたくなる体験版

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 (EVANGELION:1.11) [Blu-ray] バイオハザード5 マクロスF(フロンティア) 9 <最終巻> [Blu-ray] 小説 On the Way to a Smile ファイナルファンタジーVII ペルソナ

by G-Tools , 2009/04/29



FFシリーズの中でも高い人気を誇るFFVIIの後日談をCG映像作品化した「ファイナルファンタジーVII アドベントチルドレン」。ヴェネチア映画祭等各国の映画祭に招待され、かつ売上もよかった同作品のブルーレイ完全版に、おまけでFFXIIIの体験版をつけた初回限定生産品。

アドベントチルドレンは映像がきれいで、FFVIIをプレイしてもいたので面白かった。数年前ハリウッドで公開された映画版「ファイナルファンタジー」は、ゲームのファイナルファンタジーとはほとんど関連ない作風で面白くなく、興行的にもこけたけれど、アドベントチルドレンはゲームののりがそのまま映像作品化していて悪くなかった。ティファがプレステ時代のティファじゃないみたいに綺麗だったけれど、戦闘シーンになったら格闘ばりばりで、あ、やっぱりティファなんだと思った。

さて、期待のFFXIII体験版はそれほど面白くもなかった。映像も20世紀フォックスのスタッフを入れていた「バイオハザード5」の方がきれいでリアルだったと思えた。昔はファイナルファンタジーの映像美がダントツで綺麗だったけれど、今は海外のゲーム制作力がすごいあがっているから、驚きはなかった。けれどやっぱり小学生の頃、ファイナルファンタジーのシリーズ1作目が出た頃から遊んでいる仲だから、製品版に期待。
[ 2009/04/29 23:19 ] ゲーム評 | TB(0) | コメント(-)

食事に捧げる感謝の気持ちを忘れていませんか 

 東京で何気なく一人暮らししていると、外食やコンビ二弁当が多くなってくる。食事の原料を目にする機会、調理する機会がなくなるから、食事に感謝する機会が奪われてくる。仕事に追われて忙しいと、食事中に食事以外のことで頭がいっぱいになる。どうしようこうしようと、迷い、不安が多いと、目の前の食事に注意を向ける機会がなくなる。ただ空腹を満たすために食事をすることになる。あるいは腹も減っていないけど、食事の時間になったから食事しているだけの場合もある。どちらにしても、食事に注意が向かない。
 今日、そう思っていたけれど、相変わらず食事に注意が向かなかった。遅くなったけれど、眠る前に食事に感謝の気持ちを捧げよう、ミレーやゴッホの農民を描いた絵を頭に思い浮かべながら。
 朝はコーヒーショップでレタスドッグとアイスコーヒーを注文した。レタスドッグのパンを作ってくれた人、ウィンナーの原料となる動物を育ててくれた人、パンの小麦を育ててくれた人に感謝しよう。それより何より、レタスと小麦とウィンナーになった動物の尊い生命に感謝の祈りを捧げよう。
「ありがとう。僕はあなたを食べて、明日もまた生きていきます。感謝しきれません。それなのに、僕は惰性であなたたちを食べていました。明日からはあなたたちの命に頭を下げながら、食事をし、生きていきます」
 アイスコーヒーの原料となったコーヒー豆。コーヒーを育ててくれた農家の人。コーヒー豆を煎ってくれた工場の人。アイスコーヒーに入った氷のもととなった水を採取してくれた人。水を冷凍してくれた人。そして水、冷蔵庫にも眠る前、感謝の祈りを捧げよう。
 食物だけでない。容器にも感謝を捧げよう。アイスコーヒーの入ったグラスを作ってくれた人。レタスドッグの皿を作ってくれた人。トレイを作ってくれた人。そしてレジの奥で、食事を用意してくれた店員さん。いつもありがとう。感謝します。
 昼はベーカリーで、クロックムッシュ、コロッケ入りのパン、アイスカフェラテを食べた。その時もパンやカフェラテの原料を育ててくれた人たち、配送してくれた人たち、調理してくれた人たち、そして原料の命そのものへ、感謝することを忘れていた。僕は仕事に忙しく、昼休みあけにどうしようか、そんな未来のことばかり考えていて、食事に注意を向けていなかった。今、当時の僕の振る舞いを反省し、食事に感謝を捧げます。
 夕方には、ベーカリーで持ち帰り用に買ったコーヒーあんぱんを食べた。甘くて、クリームが入っていて、あんまりお腹が減っていないのに、これを食べたら糖尿病になるかなと思った。自分の健康を案ずる不安ばかりが先に立って、コーヒーあんぱんに感謝する気持ちを忘れいてた。
「ありがとうございます。とても甘くて、おいしいあんぱんをいただきました。このおいしい食べ物を考えてくれた人に感謝します。この食事の原料となるパン、コーヒー、あん、クリームを作ってくれた人に感謝します。何より、僕の胃袋に入っていったコーヒーあんぱんの命に感謝します。あなたの命を無駄にしないよう、明日からも精一杯生きて行きます」
 コーヒーあんぱんを食べて、お腹いっぱいだったが、夜に何も食べないのも悪いと思った。二十一時過ぎにコンビ二で、そばと、食物繊維が豊富と書いてあるサラダを買って食べた。そばもサラダもとてもおいしかった。そんなにお腹が減っていないのに、食べたらメタボリックになるかなと不安に思ってしまい、食事に感謝することを忘れていた。
「おいしい食事をいただきました。新鮮で、歯ごたえがあり、コンビ二で買ったものとは思えないほどおいしいおそばをいただきました。サラダのごまドレッシングもおいしく、体によい多品目の野菜をいただきました。健康によい食品を用意してくれてありがとうございます。この食材をコンビ二に用意してくれたコンビ二エンスストアの社員さんたtに感謝します。この食事を育て、配送してくれた多くの人々に感謝します。僕は今日、おいしくおそばとサラダをいただきました。この命の恵みを忘れず、明日からも毎日、しっかりと生きていきます」
 こう書き留めて、今日食事中に、感謝しなかった罪を償おう。
[ 2009/04/28 00:45 ] 小説「競争から協創へ」 | TB(0) | コメント(-)
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