映画評:『スイミング・プール』オゾン監督

- スイミング・プール 無修正版
- シャーロット・ランプリング リュディヴィーヌ・サニエ フランソワ・オゾン
- 東北新社 2005-01-21
- おすすめ平均

サラの一挙手一投足になぜか釘付けになっていた
女性2人の物語
『女』とは?
んー私はあまりわからないかな。
とても面白かったです〜
by G-Tools , 2008/03/02
自分も毎週プールで泳いでいる。平泳ぎのフォームが主演女優二人とも静的で美しかった。水泳はスポーツだと思っていたから、速く、もっと速くと、いつも息苦しかったけれど、彼女たちのスイミングを見ていたら、水泳は歩くこと、食べること、眠ること、セックスすることと変わらない自然の営みだと思えてきた。人間にも深海に住んでいた原始生物の遺伝子が入っている。ゆったり泳げば内臓も性器も歓ぶ。
同じ監督の「8人の女たち」に続いてみたけれど、この作品でも映画内の重要人物として、マルセルという名の男が出てきた。マルセルといえば、フランスが誇る世界文学最高傑作『失われた時を求めて』の作者マルセル・プルーストの名前である。『失われた時を求めて』は日本語訳で文庫10巻以上の分量になるけれど、語り手である男「マルセル」の名前が出てくるのは、たった一度、恋人との会話文の中だけだ。フランスの芸術、文学、文化、思想、政治、経済的地位の没落が言われて久しいけれど、監督オゾンが「マルセル」にこめる象徴的意味は何だろうか。
少女の乳房が何度も出てきたりしてエロティックだけれど、女性に人気だし、作品自体の評価も高い。内容が表層的ではないからだろう。物語の終わり方がとてもよかった。ああいう終わり方はなかなか思いつけない。何重にも意味が重なり合って、余韻のある終わり方。言葉で説明してしまっては無粋な、長い物語の最後に用意された言葉のない映像の重なり。映像を観る者の頭の中で、自然と意味が組み立てられていく。ああいう深い意味の伝達は、物語や神話の形式でしか行えない。これだから世界に映画は必要だ。オゾンとマルセル。
- [2008/03/02 09:23]
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