【文学・哲学エッセイ・サブカルチャー評論】7代後の孫への話Blog

I will not serve that in which I no longer believe, whether it call itself my home, my fatherland.

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『人類のトラウマとオナニーの起源』(10) 

連載中の小説は、数年前、別のブログ上で連載していた小説「ヨセフの妻マリア」のリライト版です。新人賞応募用に書いていましたが、だんだん長大化してきたため、応募せずにいた作品です。

本日掲載分からタイトルを、「人類のトラウマとオナニーの起源」としてみました。いつになったらタイトルかたまるのかという感じですが、これがベストかなと思っています。

少しずつ清書して、掲載していきますので、よろしくお願いします。

(10)

「以上、私の考えた小説『ヨセフの妻マリア』の冒頭でした」
 僕らは立ち並ぶ電気店の間をぬって、バベルの塔に進んでいた。
「面白い話だね。リリスも小説作ってたんだ」
「そう。まりあには負けないよ。私が先に作家デビューするから」
「でもなんでマリアって名前の登場人物が出てくるんだ? マリアの夫はヨセフって名前だし」
「マリアとヨセフは、キリストの親であるマリアとヨセフをかけてんの。私たちの友達のまりあとヨセフは全然関係ないよ」
 バベルの塔が造られた時代とキリストが生まれた時代は異なる。ただ、キリストを生んだマリアの夫ヨセフは大工だったし、中世まで大工という職業は神聖な、芸術家に匹敵する仕事だったことは確かだった。
「なんでわざわざ旧約聖書の時代の小説を書いてるわけ?」
「私はマジックリアリズムで書いてるの。時間と空間は私の小説にとって何の制約もない。私の小説は時空を超越した地点で物事の真実を語る。まりあも象徴が小説にとって大事だっていうけど、彼女は全然モダニズムの古臭い小説理論を信じてるね。偉大な芸術家である小説家だけが、現実的な物語に象徴をうめこめる、評論家風の優れた読者だけがその象徴を解読できるって、ものすごいエリート意識だよ。小説家はそんな特権的な存在じゃないし、小説ってそんな神秘的な芸術でもない。私も小説の中に象徴をうめこむけど、私の扱う象徴は、今ある社会の現実を寓話的に描いたものにすぎない。時間と空間を自由に行き来する私が書く小説は、現代のおとぎ話。私なんて新宿を歩く大勢の人と何も違わないごく普通の人間だし、ごくごく当たり前のおとぎ話をして、みんなが楽しめるようにするだけなの」
「リリスの言っていることはよくわかる。けど、小説家ってみんなの日常の代弁者になりうるのかな。日本人みんなが経験していることを、象徴として作品の中にうめこめるって考えている時点で、傲慢じゃないのかな。リリスにとっても小説家は社会の代表として、特権的な位置にいる気がするな」
「じゃあイグチ君はどんな小説を書けんの? まるっきり自分の個人的な体験だけをマスターベーションみたいに小説化するの?」
「マスターベーションをネガティブな意味で使うのはやめにしようよ。マスターベーションがかわいそうだよ。マスターベーションするのって人生の敗者ってイメージでもあるのかな。特権的なエリートによって迫害されてきた人々について語ることこそ、小説家の役目の一つじゃないかな。それこそマスターベーションみたいに世間的にぼろくそに言われてるもの書くのも一つの作戦だろうし」
 バベルの塔が僕らの目の前に勇ましくそびえ立っている。
「そう言えば、マスターベーションの語源も聖書にあるんだよね。確かオナンっていう男が世界で最初に自慰したんだよな」と僕が言った。
「オナンはね、実はオナニーしてないの。オナンのお兄さんは神様に殺されました。死んだお兄さんの奥さんとセックスして、子どもをもうけるようにと、父親がオナンに言いつけました。オナンは生まれる子どもが自分のものにならないことを知っていたから、膣外射精をしました。膣外射精したせいで、オナンも神様に殺されました。その頃の神様って厳しいよね。膣外射精するだけで人一人殺しちゃうんだもの。今なら毎日たくさんのオナニー小僧が殺されちゃうよ」
「オナニーの語源になった男ってなんだ、セックスしてるんじゃん。膣外射精以下のオナニーって、じゃあおそろしい大罪なんだね」
 夜の風にあたって僕のペニスがしぼんできた。

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