生物と無生物のあいだ、マヨネーズは生物か 

photo
生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)
福岡 伸一
講談社 2007-05-18
おすすめ平均 star
star学校の授業の「科学史」とは一味二味違った「科学史」がここにあります!!
star分子生物学の歴史と研究者の生活が分かる
star文系向けまたは若年向けとして良書。
starサイエンスは熱い!
starいい意味で期待を裏切られた

時間はどこで生まれるのか (集英社新書) もう牛を食べても安心か (文春新書) 環境問題はなぜウソがまかり通るのか (Yosensha Paperbacks (024)) 反転―闇社会の守護神と呼ばれて 「世界征服」は可能か? (ちくまプリマー新書 61)

by G-Tools , 2008/01/23



朝そば屋で月見そばを注文した。そばの上に小さな卵が乗っている。頼んだものの、食べたら卵アレルギーになるんじゃないかと怯えた。そばを半ば食べ終わった後、おそるおそる卵を箸でわってみる。口に入れたら、口内に卵が持っていた命が広がった。新鮮な、できたてほやほやの生命の味がした。

そう、この卵は命だったのだ。小鳥になるはずだったのだ。僕は命を箸でつぶして食べた。よく考えると、そば粉も汁も、若菜もゆず入り七味も、生物だ。いや、生物だったのか。

昼食べたサラダにはマヨネーズがついていた。このマヨネーズの中にも卵、すなわち幼い鳥になるはずだった生命の命がとりこまれている。このマヨネーズは生命なのか、それとも卵なりレモンなりの命をすりつぶしてできた死体のエキスなのか、決定はできない。

マヨネーズは生きていないのか。マヨネーズはそのうち腐るだろう。腐ったマヨネーズは生物ではないだろうけど、食べられるマヨネーズまで生物ではないと決めてしまって、いいのだろうか。納豆は腐っているけど、生物なのか、生物じゃないのか。賞味期限を過ぎた納豆は、一体何なのか。

生物と無生物の線引きは人間の恣意による。毎日たくさんの卵が親鳥の元から隔離されて、食卓に運ばれる。彼らを食べないと、僕は生きていけない。食物連鎖は生態系の維持に必要な自然の掟だけれど、人間は必要以上に食糧を作り過ぎている。と言われるけれど、飢餓や貧困が原因で死んで行く5歳以下の子どもが、世界では毎日2万人以上いたりする。生態系は崩れている。

Comments

Comment Post















管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

Trackback URL
http://sidehill.blog22.fc2.com/tb.php/38-f01188f0

【分子生物学】についての検索結果をリンク集にして…

分子生物学 に関する検索結果をマッシュアップして1ページにまとめておきます…
  • [2008/01/24 11:21]
  • URL |
  • あらかじめサーチ! |
  • TOP ▲